カテゴリー別アーカイブ: 現代のテーマ・ウェディングのパイオニアになった“PROVENCE GARDEN”

日本閣 東中野店 新館屋上増築施設(1996~2006) プロヴァンス・ガーデン・プロジェクト

東京・東中野の老舗結婚式場「日本閣」の本館屋上をまるごとリニューアル。1バンケット&1チャペルの貸し切りスタイルの先駆けとなりました。

コンセプトテーマを「フランス・プロヴァンス地方」とし、ハーブが茂る庭から続く回廊を通り、明るい日差し差し込むテラスレストラン、そして円形のガラスドームのチャペルへ…日本のウェディング・シーンに、物語性をもった「テーマ・ウェディング」の思想が生まれたパイオニアになったプロジェクトです。

PROVENCE GARDEN

K_20

現在の貸切型ハウスウェディングの原点となった、プロヴァンスガーデン。

屋上に上がると、回廊に囲まれたパティオの先にガラスチャペルがそびえ、南フランスプロヴァンス地方のイメージを現在風にデザインした、明るくエレガンスなプロヴァンス料理レストランとデザートビュッフェが楽しめるテラスが出迎えます。

回廊外周にはバラ園とハーブ園そして南仏のガゼボ、前撮りスナップ写真が撮影できる、多くのフォト・スポットを設置し、様々な需要も生み出しました。

この施設は、大変なヒットを飛ばしました。

場所:日本閣 東中野店新館屋上増築施設
施設:1チャペル・1バンケット・2ブライズルーム・ガーデン
建築:1996年~2006年
規模:500坪の屋上に60坪のガラスチャペル/天高15M
70坪のレストランバンケット
30坪のCAFF テラス
250坪のパティオ&ガーデン
残り付帯設備空間

NEW YORK ELEGANCE

newyork
 旧館(9階建て)の6階部分(280坪)改装事業、ロココ風のインテリアで有ったバンケットの人気が下火になり、思い切った新テーマで改修となりました。シンプルモダンで落ち着いた、そしてエレガンスなデザイン、旧バンケットは窓から外庭が望めましたが、貸切感を出すためにあえて見せずに、楕円形のすりガラス壁と木目壁バンケットに改修。

newyorkbar

ウェイティングスペースにもモダンで大きなバーも設置し、下見者78%の高決定率バンケットとなり。年間200組を実現いたしました。

<寄稿>

ハウスウエディングの原点は「日本閣東中野店」にあり1980~90年代までの東京の専門式場カテゴリーでは、俗に「6大総合結婚式場」と呼ばれる施設がウエディング業界をけん引していた。

それは椿山荘、日本閣、白雲閣、八芳園、明治記念館、目黒雅叙園(五十音順)なのだが、互いを良きライバルと認め、新しい婚礼のカタチを切磋琢磨するように競い合っていた時代だ。ゼクシィの創刊は93年~であるが、それ以前はブライダル専門誌も年刊ムックくらいしかなく、現在と比較して情報媒体が極めて少ないため、事実上、これらの施設が新しい婚礼スタイルの情報発信を行ない、それが口づてで全国に波及していった時代だった。

私も記者として、毎月のようにこれらの施設に取材に訪れていたが、中でも日本閣中野店における「ガラスのチャペル」の登場には驚かされた。全面をガラスで覆うドーム型のチャペルは業界初であり、昼は自然光をたっぷりと採り入れた開放感あふれるスペースとして、また夜はキャンドルライトに照らされたムーディーな雰囲気を醸す独特な空間。これの存在が現在、ゲストハウス企業の多くが採用する自然光が差し込むスタイルのチャペルに継承されている。

また、チャペルと同時にリノベーションされたパティオや、そこに隣接するプロヴァンス風レストランは、 現在のゲストハウスのようにプライベートな動線で運営され、チャペルで挙式したカップルが、貸切感覚でレストランでの披露宴を迎えることができた。これも画期的なことだった。

挙式に参列したゲストたちは、新郎新婦の用意が整うまで、パティオでシャンパンを片手に会話するといった挙式後のカクテルアワーも盛り込まれ、いまのウエディングと同じ内容をすでに当時実現していたのだ。プロヴァンスレストランでの披露宴に実際に招待されたこともある。新婦が入場の際には、各テーブルに座るゲストたちにドレスが触れるほどの狭い間隔で、4人がけ、8人がけなどの各種のテーブルがレイアウトされていたのが印象的だった。ゲスト間コミュニケーションを活性化するためのノウハウだったのだが、これも また、アットホームな内容を望む現代の消費者ニーズの先取りといえる。

つまりなんのことはない、いまのゲストハウスが創り上げているウエディングスタイルのオリジナルは、当時の日本閣東中野店のデザインにすべて含まれていたということだ。このリノベーション設計を担当した山本秀太郎先生の先見の明には、ただただ恐れ入るばかりだ。

婚礼ジャーナリスト・堂上昌幸